農団労の方針

農団労早わかり

 全国農団労のホームページを開いて頂いたあなたに感謝します。詳しい中身は別のぺージで読んで頂くとして、ここでは簡単な説明で済ませたいと考えます。

《いつ、結成したのか》

 1988年7月25日に都内文京区大塚の全林野会館で、長野・沖縄の代表者によって全国農団労協として発足しました。その後、全農協労連加盟組織の中に加盟呼びかけを行った結果、島根・茨城・神奈川・栃木・埼玉・鳥取・群馬が参加、翌年3月6日に正式に全国農団労として正式に再発足したのです。初代中央執行委員長は島根県農協労連(現在の島根県農団労)の糸賀淳夫氏(現斐川農協理事)です。現在は15道県、組合員約20、000名となっています。

《何故、結成したのか》

 系統農協組織に働く職員を対象とした労働組合の多くは全農協労連に結集していました。しかし、この組織が一部政党(日本共産党)の下部組織と化して、政治主張はするが労働組合としての真面目な運動(賃上げ闘争も賃金調査もやらない)を放棄していました。それに対する不満が各県に鬱積しており組織再編の動きは時間の問題とされていました。後はそのきっかけがあれば良かった訳です。
 戦後の長い間の総評と同盟に分かれた日本の労働運動を統一しようという動きが80年代になり現実化しました。労働戦線の統一を掲げた連合の結成です。政策的には問題点を残しながらも、私共は労働者全体が大同統一せねば重要な農業も守れないという観点で、連合加盟指向を明らかにして結成したという訳です。88年7月は翌秋に官民一体の統一連合の発足が決まり戦線統一の仕上げの時期でもあったのです。しかし正式な連合加盟は職場討議を十分に行ってからで、93年1月からでした。

《どんな特徴をもつのか》

 一言で表すと、「あたり前の労働運動」をスローガンにして活動しています。全組合員参加の民主的な討議、決まったことに責任を持つ態度、幹部は現実から回避しない指導性を全力で発揮、雇用は重視するが農家組合員無視の経営姿勢はチェック、‥‥要は他の労組では最近でははやらない姿勢を大事にしている組織です。

農協革新とは――

 農協界は、今、大きな激動の時代を迎えています。その時代の中でわれわれ全国農団労は「農協革新」を唱えています。従来から「改革」とか「民主化」という言葉は使われてきましたが、「革新」とは何かここで明らかにしたいと思います。

《農協革新を唱える背景》

 これについては、農協界に何等かの係わりを持つ人ならば判ることことですから手短に記します。(第三者で関心のある方は「農協革新」に詳しいページがありますから参照下さい)
 要は戦後生まれた農業協同組合の役割が終わったということです。共済の一斉推進に象徴されるように農協の事業は様々な問題を抱えながらも、遅れていた農村の現代化に大きな役割を果たしてきました。その農協事業の拡大の歩みは日本の産業全体の拡大、つまり右肩上がりの歴史と軌を一にするものです。それが終わった現在、縮小する市場をめぐる同じ業態間の競争が激化し淘汰が進んでいるのです。その意味では「(農村の)貧しさからの解放」を旗印にした農協の役割は一段落したとわれわれは考えるのです。

《何を革新するか》

 新しい時代・21世紀に向けて農協はどう改革すべきかということが「農協革新」ですが、具体的にな手順は

(1)地域の実情に沿ってどういう農協にするのかの青写真を論議する
(2)その実現に向けた農協内の組織体制はどうすべきか考える
(3)青写真に沿って事業計画をまとめる、ということになります。(詳しいことは、われわれの組織に加盟したら先進的な取り組みに学ぶことが出来ます)

 ここで最も重要なことは、どういう新農協を目指すのかという理念作りです。現在日本中で合併が進んでいますが、その多くは経営内容も悪いことが問題となっています。識者によると「このままでは合併は農協の終わりの始まりになりかねない」という恐れさえ現実化しているのです。この最大の理由が、今までの総括なき合併・理念なき合併にあるとわれわれは確信しています。中途半端な姿勢ではなく徹底した反省の上に立った、協同組合という基軸を据えた発想が重要だと主張しているのです。21世紀は協同組合の時代だという確信で共に頑張りましょう。